就職先で壮絶ないじめに遭い退職。その後父の再婚相手に会わせたいというので行ったら私をいじめていたお局のA子だった…「もう父とも会えない・・・」

154:2012/11/22(木) 09:24:48.05 0 ID:
自分が高校生の頃両親が離婚。
理由は相当ともに忙しくてすれ違い。両親は遠い友達、みたいな
つかずはなれずの人間関係で、やりやすかった。
自分は母とともに暮らし、月1回ぐらい父と会っていた。
大学に入ってからはこちらがサークル活動とバイトに
忙しくなったこともあり年に一度、自分の誕生日前後に
会う程度となり、やがて就職。ここで壮絶ないじめにあった。
お局A子は自分だけをタゲり、周囲から孤立させた。
A子は人格障害なんじゃないかと今思う。当時は周囲に理解も
されず、うつになり、やむなく退職。A子というストレス因子が
なくなって、無事復活でき、現会社に就職して、頑張っている。
父が再婚を決め、相手に会わせたいという。
会ってみたら、A子だった。A子も転職していたみたいで
自分をいじめていた頃の会社とは違う会社に勤めていた。
A子は自分に気づいたのかどうか、分からない。
全然表情に出なかったから。うわべだけの会話を取り繕って
食事して帰った。内心では「もう父とも会えない・・・。」と思ってた。

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2019/07/12 19:15 | 修羅場COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

≪黒い過去≫不倫した挙句、奥さんに職場に乗り込まれたことがある。パンプスを脱ぎ飛ばし裸足でダッシュし車に乗り込んで逃亡

410:2016/02/10(水)15:48:46 ID:
不倫した挙句、奥さんに職場に乗り込まれたことがある。
大学卒業後、親のコネで地元の有名企業にUターン就職。
当時、父はその会社で部長クラスだった。
就職して2年目、同じ町の一回り上の男と付き合いはじめたのだけど1ヶ月後には既婚と判明。
でも、自分でも本当に何を考えていなかったのか何も考えていなかったのか、
考えたところで正解が導き出せないほどのバカなのか、なんなのかわからないけど、交際を続けてしまった。
それも、今では考えられないほどに堂々と。
地元でデート。人口1万人の町でデート。バレないわけない。
遠出したとしても、ちょっと遠いモールや動物園。目撃されないわけない。
後から知らされたが、奥さんが乗り込んで来る以前からすでにかなりの噂になっていたらしい。当たり前だ。

結局、交際開始から1年後に奥さんが突然職場に乗り込んできた。
窓口業務だったので、逃げるすきすらなかった。
写真で見たとおりの美人。姉さん女房だけど、男より年下に見えた。
「あなた!フルネームさん!どういうつもりですか一体?説明してください!」
そこからは「質問形式」で、なにもかもを大声で詳しく暴露されるという修羅場。
「フルネームさん? あなたは私の夫と何年何月くらいから肉体関係にあるって本当ですか? ○×ホテル(町で唯一のラブホ)の常連って本当ですか?
「フルネームさん? 大学生のころ親に黙ってキャバクラでバイトしてたって本当ですか?(男にだけメールで教えていた事実)
「フルネームさん? あなたの両親は家庭内別居中で父親は出張のたびに変なマッサージ屋さんに行くって本当ですか?(↑と同じ)
「フルネームさん? あなた私のことをメールでPTAって呼んでいたって本当ですか?(本当…PTA会長だったから)

腕を掴まれそうになったけど、パンプスを脱ぎ飛ばし裸足でダッシュし車に乗り込んで、実家にキャッシュカードと暗証番号書いた紙残して、携帯をへし折って庭で燃やし、また車に乗って逃亡。
実家に生活費も入れず遊び代以外給料はほぼ貯金に回していたから、
残高500万円分くらいはあったので、足りないかもしれないけどそれを慰謝料でもなんでも使ってくれと思って。
あと、なんでかわからないけど、ファミチキを6個一気食いした。
一晩中運転して大学時代の友達の家に転がり込み、そこから1度も地元に帰っていないし、向こう側との交渉は両親と両親の知り合いの弁護士が窓口になり私はノータッチ。
もちろん男ともあれっきり1度も連絡を取っていない。男夫婦は離婚したらしいけど詳しくは知らない。
結果的に父は早期退職したのだけど、離婚の話も出ていた母との仲が良好になり、二人で姉夫婦が移住して暮らしている某東南アジアに移住した。

私のせいで家族全員が地元を捨てるようなことになってしまい、本当に後悔しているし、
いつ本当に辛い因果応報がやってくるんだろうかと考えるとぶるぶるする。

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タグ : 非常識 キチガイ 修羅場 不倫 逃亡 奥様が墓場まで持って行く黒い過去

2019/07/10 19:10 | 修羅場COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

妊娠したかもしれないと、彼氏に告げたら顔が青ざめていた。堕胎で両家話がついていたが、私は産むことにした。十数年後、老けた彼と彼両親がやってきた

547:2015/12/31(木)14:52:43 ID:
付き合って一年経たずに妊娠した。
勿論避妊はしていた。

妊娠したかもしれないと、彼氏に告げたら顔が青ざめていた。
一瞬で人間の顔色が変わるところを初めて見た。
もうその一瞬で「あー終わったな」と理解した。

結婚の約束とか将来の計画とかは一切してないけど、
仲良く愛し合っている普通のカップルと思っていた。
「体調大丈夫?良くなったら、中華食べに行こう♪餃子が美味しい所見つけたんだよ」
なんて話を直前までしてたのにね。

彼氏は大学院生、私は社会人で、彼氏の方が年上。
お互い20代半ば、でき婚ではあるが、
出産、結婚しても問題はない年齢だと思う。

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タグ : 非常識 キチガイ 修羅場 エネ夫 妊娠 養育費

2019/07/09 10:11 | 修羅場COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

小学校1年生のとき一人で帰っていたら赤や黄色の派手な服装をしたピエロが歩いてきた。片手にはかなりの量の風船を持っていた。突然ピエロは私ちゃん、楽しいところに行こう」とぐいぐい手を引っ張り、連れ去ろうとしてきた。

105:2014/05/18(日)12:56:31 ID:
小学校1年生のとき、いつも一緒に帰っていた友人が休んだので、その日は一人で帰っていた。
茶畑が続く田舎道は人通りが少なく農家のおじさんおばさんがチラホラいるだけ。

自宅まで残り1キロ程になった地点で向こう側から奇抜な服装の人間が、こちらに向かって歩いてきた。
ピエロだった。顔は白塗りされていて、赤や黄色の派手なペイントが施されている。
服装もピエロそのもので、片手にはかなりの量の風船を持っていた。
私は怖がるどころか、ピエロに興味津々で、すれ違うときにピエロの動きに合わせて視線を送ってた。

すると突然ピエロは振り返り、あっという間に私を捕まえて(手を繋いできた)話しかけてきた。

「私ちゃん、楽しいところに行こう」とぐいぐい手を引っ張り、連れ去ろうとしてきた。
私はようやく危機感を覚え、暴れまくった。このとき風船がいくつか飛んでいったのを覚えている。

私は出せるだけの声を出して助けを呼んだ。
ピエロは「あいつらは悪魔だから」 を連呼してズルズルと私を引きずる。
すると、私の声を聞きつけた筋肉隆々の若い男性が「ごらぁぁあ!!ピエロごるぁああ!」 と、
鍬を持って走って来たので、ピエロは慌てて逃げていった。

私は筋肉隆々さんに家まで送ってもらい、事情を両親に話してもらった。
その後、警察にピエロの特徴を聞かれたりと 本当に大変だった。
後からわかったのは、ピエロの正体は母の兄で、幼い女の子にしか恋愛感情を抱けないとのことだった。


現在私は24歳。ピエロ事件以来、筋肉隆々さんに恋をし、私が20歳のときに交際がスタートした。
ちなみに筋肉隆々さんは15歳年上です。

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タグ : 修羅場 非常識 キチガイ ピエロ 性犯罪

2019/06/21 10:13 | 修羅場COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

長男教の我が家では弟優遇、姉の私は召使いのような扱いで食事すらロクに与えてもらえなかった。溺愛されている弟を心底妬んでいたが、弟は懐いてきて…

117:2016/01/18(月)21:38:49 ID:


吐き出したくて来ました。
いい年をしたおばさんの愚痴や後悔混じりの話しになりますがお付き合いください。
弟が○殺した話なので不快な方は読み飛ばしてください。

私はいわゆる毒親の元に生まれた。
両親は典型的な田舎の長男教で、長男以外はいる価値がない。
むしろ、家計のためにはいないほうがいいという考えの持ち主で、男ならまだしも女は猫といっしょでガキを作るしか能がないと常々言い続けていた。
そんな親は三つ下の弟を異様に溺愛したが私のことは徹底的にイビリ続けていた。

召使いのような扱いを受け、毎朝5時に起きて廊下の雑巾がけをしなければ箒や棒のようなもので打たれた。
食事すらロクに与えてもらえず、両親は自分たちが食べ残した物を私に投げてよこした。空腹に耐えきれず、投げつけられて落ちた物を拾って食べる私を「卑しい」と罵り、蹴られることも珍しくはなかった。

今でこそ開けてきてコンビニや大型スーパーもできたし電車が開通したことで拓けたけれど、私が子供の頃は何もなかった。もしあったら私は万引きしてでも食べたと思う。
子供だった私は飢えに耐えかねて近所の畑を荒し、土がついたままの大根や葉っぱを齧っては見つかって怒られた。
若い人にはピンとこないだろうけど、地元は男優先の男尊女卑が今も根付いている地域で、女だっていうだけで無意味に貶める風潮が少なからずあった。
全員が全員そうだったわけじゃないんだろうけど、閉鎖的な環境で暮らしていたその頃の私は、周囲に助けを求めてもムダだと学んでいた。

毒親に溺愛された子というと、毒に染まったどうしようもない人種だと思われがちだが弟は違った。
両親に食事すら与えてもらえない姉に、弟はよく自分のお菓子を分けてくれた。
見ているところで分けると「弟のものを盗り上げた」と余計にひどい暴力に晒されるので、親が寝静まったころにこっそりと食べずにとっておいたお菓子を持ってきてくれた。
幼いなりに自分の家がおかしいとわかっていたのか、ニヤニヤと笑いながら私をいたぶる両親に何度もやめるように言ってくれた。

でもその当時の私には、弟を可愛いとは思えなかった。
両親の愛情を唯一独占している弟が妬ましかった。はっきり言えば僻んでいた。
私は着古してボロボロの服を着て、暖房も扇風機もない三畳足らずの物置で寝起きしていたが、いつもきれいな服を着ていた弟にはエアコンのついた部屋が与えられていた。
男に生まれただけで何不自由なく恵まれた待遇にいる弟を、妬まずにいられるほど大人ではなかった。
弟のほうは「姉ちゃん、姉ちゃん」と言って懐いてきたがそれすら煩わしかった。
今にして思えば、弟は随分さみしい思いをしたんだと思う。
両親は弟を溺愛していたが押し付け的なところが多々あった。
弟が姉に懐く姿を見て、「弟に色目を使うようなアバズレ」と姉に暴力と暴言を浴びせる親だ。まともではない。
そんな親の愛情を受けたところで弟は辛いだけだったんじゃないかと。

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タグ : 非常識 修羅場 長男教 召使い 毒親 嫉妬 自殺 非行 膿家

2019/05/22 19:13 | 修羅場COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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